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【運命は一晩で変わる!】とおさな心に思った日

【6月13日 はわたしの運命が変わった日】

 

室内環境改善コンサルタントの山口由紀子です。

 

人生には運命が変わる転機日というものがいくつかありますが

 

今日は、?10年前わたしの運命が変わった日です。

 


生まれつき虚弱だったわたしは、この日の前日の夜から39度超えの高熱を

出していました。

 

高熱はいつものことなので、驚きもしませんが、ただいつもと違うことがありました

 

わたしは右利きでしたが、その右手でタオルが絞れない…
歯が磨けない…のです

それを、母に訴えると横で聞いていた厳しい父は【甘えてるだけだ!ほっとけ!】

と怒鳴りましたが、優しい母はタオルはそのままでいいから寝るように!

と言ってくれました。

 

 

高熱に慣れているとはいえ、厳しい父の態度に布団の中で泣き寝入りしたことを

今でもよく覚えています。

 

翌朝、かかりつけの小児科を受診

 

脊髄(せきずい)にばい菌が入ってる事が判りまして、速攻で

久留米医大に入院することに。

 

その時は、歩いて入院したのですが、一晩医大の病室に泊まって、翌朝目が覚めた時

にわたしは歩けなくなっていました。

幸い左手は、何の障害もなく助かったのは、奇跡というのかも知れません

 

入院生活は約半年ほどだったでしょうか?

 

人間は、例え子供でもひと月も寝たきり生活をしているとベッドの上に

座るのですらリハビリがいるのですね

 

それから、とりあえず杖をついてでも歩けるようになるまではゴールの見えない

地道なリハビリをひたすら繰り返すのみです

 

子どもだったわたしは、時には【リハビリ】がイヤだとダダをこねたことも

数回ありました。

 

そんな時は、看護師さんや、リハビリの先生は強要はしませんでした

 

それが功を奏したのでしょう

 

左手で字が書けるようになり、復学もできる状態になりました。

 

ただ、小学校までは2キロありましたから、【車イス】生活を余儀なくされました

が、通学も友達がかわるがわる助けてくれました。

 

 

わたしは、もともとネガティヴではないので、その後の人生も友人知人に助けられて

生きてきましたから、今でも特段困ったことはありません

 

ハンディキャップになっても父は変わらず厳しかったのですが、今思えば、

【ハンディキャップに甘えず自立できるように】精神を鍛えてくれたのでしょう

 

親は子供より先に死ぬ!

兄弟はあてにするな!

【ゆっこは一人でも半分ででも生きていけ!】が口癖でしたから。

 

幼いころは【鬼!】とも思えた父ですが、今思えばとてもいい父に育ててもらったことを感謝しています

 

 

【運命なんて、一晩で変わるのだ!】ということをこども心に知ったこの

 

6月13日という日【わたしの第2の誕生日】と思い、今ある事に感謝する

日としています。

 

そして与えられたこの運命を素直に受け入れこれからも、笑顔で誰かのお役にたてる

人生を精一杯生きて行きたい!と決意しています

 

撮影 藤谷 勝志 氏 Studio flower

 

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